皆さん、こんにちは!
前回、人生という航海において「判断力」がいかに重要な羅針盤であるかをお話ししました。しかし、どれだけ高性能な羅針盤を持っていても、周りが濃い霧に包まれていたら、進むべき道は見えません。
私たちの知性を曇らせるその「霧」の正体――。 アイザック・ワッツはそれを**「偏見(Prejudice)」**と呼びました。
今回は、知らず知らずのうちに私たちの脳を支配している「思い込み」の正体を暴き、そこから自由になるための脱出策を考えます。
脳は「サボりたがる」生き物である
なぜ、私たちは偏見を持ってしまうのでしょうか? ワッツは、人間には**「安易な道を選び、深く考えることを避ける傾向がある」**と鋭く指摘しています。
私たちの脳は、膨大な情報を処理するために「ショートカット」をしたがります。
- 「あの人が言っているから正しいはずだ(権威への執着)」
- 「昔からこう決まっている(伝統への盲信)」
- 「一度そう思ったから、変えたくない(一貫性の罠)」
こうしたショートカットは、日常生活では便利ですが、真理を探究する場面では致命的な「判断ミス」を招きます。ワッツは、これらを**「知性の鎖」**と呼び、そこから自らを解き放つことの重要性を説きました。
ワッツが見抜いた「4つのバイアス」
ワッツは、現代の心理学が「認知バイアス」と呼ぶ概念を、300年前にすでに整理していました。彼が警戒した代表的な「心の罠」をご紹介します。
- 「幼少期の刷り込み」 子供の頃に教え込まれたことは、理由もなく「真実」だと思い込みがちです。大人になった今、その知識を「大人の目」で再検証したことはありますか?
- 「流行と権威」 「今、これが流行っている」「有名なインフルエンサーが言っていた」というだけで、中身を吟味せずに受け入れていないでしょうか。
- 「気質と情熱」 自分が「こうあってほしい」と願う方向に、証拠をねじ曲げて解釈していないでしょうか。
- 「言葉の魔術」 中身のない、それっぽい「難しい言葉」に圧倒されて、本質を見失っていないでしょうか。
「色眼鏡」を外すための技術
では、どうすれば偏見から逃れられるのでしょうか? ワッツが提案する解決策は、驚くほどシンプルで強力です。
それは、**「対象を、そのものとして見る(Look at the thing itself)」**ことです。
誰が言ったか、昔はどうだったか、という「外側の飾り」をすべて剥ぎ取り、目の前にある「事実」だけを裸の状態で観察する。 「もし、これを大嫌いな人が言っていたとしたら、自分はどう感じるだろう?」 「もし、これが全く新しい無名の理論だとしたら、自分はどう評価するだろう?」
このように、視点をあえて「入れ替えてみる」思考実験を行うことで、自分を縛っていた色眼鏡を少しずつ外していくことができます。
まとめ:知的な自由は「疑うこと」から始まる
今回は、正しい判断を妨げる「偏見」の正体についてお話ししました。
ポイントを振り返ってみましょう。 第一に、脳は楽をするために「思い込み」というショートカットを使いたがること。 第二に、権威、伝統、感情といった「外側の情報」が判断を曇らせること。 第三に、それらを剥ぎ取り、「事実そのもの」を見つめる勇気を持つこと。
ワッツはこう言います。「偏見を捨て去ることは、暗い地下室から太陽の光が降り注ぐ野原へ出るようなものだ」。 自分の考えを疑うことは勇気がいります。しかし、その先にこそ、誰にも支配されない「真の知的な自由」が待っています。
【明日からできるアクションプラン】 明日、ニュースを見たり誰かの意見を聞いたりしたとき、一瞬だけ「待てよ、自分は『誰が言ったか』で判断していないか?」と自問自答してみてください。 「発言者」というラベルを剥がして「内容そのもの」だけを眺めてみる。その数秒の意識が、あなたの脳のハイジャックを解除するスイッチになります。