【高校生へ】一人暮らしは「起業」だ。株式会社「自分」を黒字にするための損益分岐点講義

これから社会へ羽ばたく君たちへ。

進学や就職を機に、「一人暮らし」を夢見ている人も多いでしょう。親の干渉を受けず、好きな時間に起き、好きなものを食べ、好きなインテリアに囲まれて暮らす。その「自由」は、確かに魅力的です。

しかし、あえて厳しいことを最初に言います。 君たちが憧れているその「自由」には、驚くほど高い値段がついています。

これまで君たちの生活にかかっていたコストは、親御さんという偉大なスポンサーが黙って支払ってくれていました。でも、家を出た瞬間から、そのすべてが君の請求書に変わります。

今日は、少し難しい経済の話をしましょう。「損益分岐点(そんえきぶんきてん)」という言葉を知っていますか? これは、ビジネスで「いくら売り上げれば赤字にならないか」を示す重要なラインのことです。

一人暮らしを始めるということは、いわば**「株式会社『自分』」という会社を起業し、君自身がCEO(経営者)になること**と同じです。 この会社を黒字にするのか、それとも借金まみれの赤字倒産にしてしまうのか。それはすべて、君の「数字への感覚」にかかっています。

これから話すのは、学校の教科書には載っていないけれど、君が東京や都会のコンクリートジャングルで生き残るために絶対に知っておくべき「生存戦略」です。 どうか最後まで、経営者の顔をして読んでください。


ようこそ、株式会社「自分」へ。君は今日からCEOだ

まず、経営の基本である「お金の入り」と「お金の出」について整理しましょう。ここを勘違いしていると、初月から資金ショート(現金不足)に陥ります。

「額面」と「手取り」:売上と純利益の違いを知る

君が就職活動をしていて、ある会社の求人票に「月給23万円」と書かれていたとします。「よし、毎月23万円使えるぞ!」と皮算用をして、家賃8万円のマンションを契約しようとしていませんか?

それが最初の、そして最大の罠です。

会社から支給される「月給23万円」は、あくまで「額面(がくめん)」と呼ばれる金額。ビジネスで言えば「売上」に相当します。しかし、この売上がそのまま君の財布に入るわけではありません。 日本で働く以上、給料をもらう瞬間に、強制的に徴収されるコストが存在します。

  • 所得税・住民税: 国や自治体に納める税金。
  • 社会保険料(健康保険・厚生年金): 医療費や将来の年金のための積立。
  • 雇用保険料: 失業した時のための保険。

これらは、君の手元に来る前に会社が代行して支払います(これを源泉徴収と言います)。その額は、だいたい額面の約20%前後。 つまり、月給23万円の場合、約4万6千円ほどが差し引かれ、銀行口座に振り込まれるのは**「約18万4千円」になります。これが「手取り」**です。

経営者である君が事業計画(生活費の計算)を立てるとき、ベースにすべきなのは「額面(23万円)」ではなく、この「手取り(18万円)」です。 ここを間違えると、毎月5万円近い計算ミスが発生します。年間で60万円の赤字。個人の家計なら、即破綻です。

生活費は「経費」。赤字経営の末路

会社経営において、「売上(手取り収入)」から「経費(生活費)」を引いたものが「利益(貯金)」になります。

【 手取り収入 - 生活費 = 貯金(自由資金) 】

この式がプラスなら黒字経営。マイナスなら赤字経営です。 企業が赤字を出した場合、銀行からお金を借りたり、資産を売ったりして凌ぎますが、最終的には「倒産」します。

では、株式会社「自分」が倒産するとどうなるか? すぐに命を取られるわけではありませんが、待っているのは「借金」という泥沼です。クレジットカードのリボ払いや消費者金融に手を出し、高い利息を払い続ける生活。一度そこにハマると、働く意欲も将来の夢も、返済の重圧に押しつぶされてしまいます。

そうならないために必要なのが、これから解説する「コストの構造理解」です。


スタートアップの壁:初期費用(イニシャルコスト)の正体

株式会社「自分」を立ち上げる(一人暮らしを始める)時、最初にかかる莫大なお金。これをビジネス用語で**「イニシャルコスト(初期費用)」**と呼びます。

「家賃7万円の部屋に住むなら、最初の月に7万円払えばいいんでしょ?」 そう思っているなら、あまりに無防備です。賃貸契約の世界には、独特の「入場料」が存在します。

家賃の5ヶ月分? 賃貸契約の「入場料」

日本の賃貸契約において、部屋を借りる際にかかる費用の相場は、「家賃の4.5〜6ヶ月分」と言われています。 家賃7万円の部屋なら、契約するだけで30万円〜40万円の現金が一瞬で飛んでいくのです。

内訳を見てみましょう。

  • 敷金(しききん): 大家さんに預ける担保のようなお金(家賃1ヶ月分〜)。退去時に修繕費を引いて返ってくることもありますが、最初は払う必要があります。
  • 礼金(れいきん): 「部屋を貸してくれてありがとう」という、謎めいた慣習によるお礼のお金(家賃1ヶ月分〜)。これは返ってきません。
  • 仲介手数料: 不動産屋さんに支払う紹介料(家賃0.5〜1ヶ月分 + 税)。
  • 前家賃: 入居する月の家賃を前払いします(家賃1ヶ月分)。
  • 火災保険料・保証会社利用料・鍵交換代: これらも必須で数万円かかります。

これらはすべて「住み始める前」に支払う必要があります。分割払いは基本できません。 君は今、貯金がいくらありますか? もし30万円持っていないなら、そもそも「スタートライン(契約)」にすら立てないのが現実です。

家具・家電という「設備投資」

なんとか部屋を借りられたとしましょう。しかし、その部屋は「空っぽ」です。 床で寝て、コンビニ弁当を手で食べる生活に耐えられるなら別ですが、人間らしい生活をするには「設備投資」が必要です。

  • 寝具(ベッド・布団): 2〜3万円
  • 冷蔵庫・洗濯機・電子レンジ: 3点セットで安くても6〜8万円
  • カーテン: 意外と高い。防犯のため必須。5千円〜1万円
  • 照明器具・テーブル: 1万円〜

最低限のもので揃えても、あっという間に10〜15万円が消えます。 つまり、家を借りる費用と合わせると、**50万円近くの「開業資金」**が必要になるのです。これを誰が用意するのか。親に頼むのか、自分でバイトをして貯めるのか。その計画は立っていますか?


息をするだけで減るお金:ランニングコストの構造解析

無事に開業(入居)できたとして、次に襲ってくるのが毎月の維持費、すなわち**「ランニングコスト」**です。 これを「固定費」と「変動費」に分けて管理することが、黒字経営の鉄則です。

固定費(Fixed Cost):毎月確定する「負債」

固定費とは、「君が何をしていようと、息をしているだけで毎月必ず請求される費用」のことです。 経営において、最も恐ろしく、最も慎重になるべきなのがこの固定費です。

  1. 家賃: 最大の固定費。一度契約すると、引っ越さない限り下がりません。手取りの30%以内に抑えるのがセオリーです(手取り18万なら5.4万円)。
  2. 通信費: スマホ代と自宅のWi-Fi代。現代人にとってのライフラインですが、大手キャリアで無制限プランなどを契約していると、平気で月1万円を超えます。
  3. サブスクリプション: 動画配信、音楽、アプリの月額課金。一つ一つは数百円でも、積み重なると数千円の固定費になります。

固定費の怖いところは、「今月はピンチだから払わない」が通用しないことです。払えなければ部屋を追い出され、スマホを止められます。 「少し良い部屋に住みたい」「最新のiPhoneを持ちたい」。その見栄が固定費を膨らませ、毎月の経営をじわじわと圧迫します。

変動費(Variable Cost):欲望との戦い

変動費とは、君の行動次第で金額が変わる費用です。ここは節約の努力が反映されやすい部分ですが、削りすぎるとQOL(生活の質)や健康を害します。

  1. 食費: 自炊するか、外食・コンビニに頼るかで倍以上違います。すべて外食なら月5〜6万円は軽く超えますが、自炊を工夫すれば2〜3万円に抑えることも可能です。
  2. 光熱費(電気・ガス・水道): 季節によって変動します。特にエアコンを使う夏冬や、プロパンガスの物件は高くなります。平均して月1万円程度は見ておくべきでしょう。
  3. 日用品・被服費: トイレットペーパー、洗剤、シャンプー、服。
  4. 交際費・娯楽費: 友達と遊ぶお金、趣味のお金。ここが一番の「欲望」が出る部分です。

損益分岐点(Break-even Point)を算出せよ

さあ、ここからが本題です。 君の株式会社「自分」が、最低いくら稼げば潰れないのか。そのラインを計算しましょう。これが**「損益分岐点(生存コスト)」**です。

君の「生存コスト」はいくらか

計算式はシンプルです。

【 生存コスト = 固定費の合計 + 最低限生きられる変動費 】

例えば、東京近郊で一人暮らしをするモデルケース(手取り18万円)で考えてみます。

【固定費】

  • 家賃(管理費込):65,000円
  • 通信費(スマホ+ネット):8,000円
  • 小計:73,000円

【最低限の変動費】

  • 食費(1日1,000円×30日):30,000円
  • 水道光熱費:10,000円
  • 日用品・消耗品:5,000円
  • 小計:45,000円

【合計(生存コスト)】

73,000円 + 45,000円 = 118,000円

これが、君が東京で「ただ生きていくだけ」でかかる最低金額です。ここには、友達と遊ぶお金も、新しい服を買うお金も、急な病気の医療費も含まれていません。 息をして、寝て、最低限の食事をするだけで、毎月11万8千円が消えていくのです。

初任給の手取り vs 生存コスト

では、手取り18万円から生存コストを引いてみましょう。

180,000円 - 118,000円 = 62,000円

残りは6万2千円。 「なんだ、意外と残るじゃん」と思いましたか?

甘いですね。ここからが本当の支出です。 会社の飲み会が2回あれば1万円。美容院に行けば5千円。新しい靴を買えば1万円。実家に帰省すれば交通費で2万円。スマホの機種代の分割払いがあれば数千円…。 そして、将来のための貯金もしなければなりません。

もし、君が見栄を張って「家賃8万5千円」のオートロック付きマンションを選んでいたらどうなるでしょうか? 固定費が2万円上がります。残金は4万円に減ります。 もし、毎日コンビニ弁当とスタバのラテを買っていたら? 食費が3万円上がります。残金は1万円になります。

こうして、気づかないうちに損益分岐点が上がり、手取り額を超えてしまう。これが**「黒字倒産」予備軍**の姿です。 自分の生存コストを正確に把握していない経営者は、必ず失敗します。


実践ワーク:上京サバイバル計画(モデリング)

理屈はわかりましたね。では、実際に手を動かしてみましょう。 これから行うワークは、架空のシミュレーションではありません。君の未来の予行演習です。

1. 物件選定:SUUMOで「城」を探す

まずはスマートフォンを取り出し、「SUUMO」や「HOME’S」などの賃貸検索サイトを開いてください。これが君の戦場です。

  • エリア設定: 就職予定地や憧れの街(例:中目黒、吉祥寺、あるいは職場の近く)を選びます。
  • 条件設定: 「バス・トイレ別」「2階以上」「オートロック」「室内洗濯機置場」。君が譲れない条件を入れてみてください。

検索ボタンを押して、出てきた物件の家賃を見てみましょう。「管理費・共益費」も必ず足してください。それが君の固定費です。 おそらく、想像よりも高いはずです。「中目黒に住みたいけど、家賃10万超え…手取り18万じゃ無理だ」という現実に直面するでしょう。 そこで**「条件を落とす(駅徒歩を15分にする、築年数を古くする)」か、「エリアを変える(急行が止まらない駅にする)」**か。この経営判断がワークの肝です。

2. ライフラインと食費の積算シミュレーション

家賃が決まったら、次は変動費の見積もりです。 総務省統計局の「家計調査(単身世帯)」などのデータも参考になりますが、自分のライフスタイルに合わせてリアルに計算してください。

  • 自炊レベル: 「毎日弁当男子」なら月2.5万。「コンビニの帝王」なら月6万。正直に設定しましょう。
  • 通信費: 今の自分のスマホ代を知っていますか? 親に聞いて確認するか、格安SIMに乗り換える前提で計算するか決めてください。

3. 決算発表:君は東京で生き残れるか

最後に、すべてのコストを合計し、想定される初任給の手取り(高卒なら約13〜15万、大卒なら約17〜19万程度を目安)と比較してください。

もし計算結果がマイナスなら、計画は白紙撤回です。 どこを削りますか? 家賃? 食費? それとも、もっと給料の良い仕事を探しますか? 黒字になるまで、パズルのように数字を組み替えてください。


まとめ:数字は君を守る最大の武器になる

「お金の話ばかりで夢がない」と感じたかもしれません。 でも、逆です。 お金の計算ができない人間は、お金に縛られ、自由を失います。毎月の支払いに追われ、やりたいこともできず、ただ働くだけの毎日になってしまうからです。

逆に、しっかりと「損益分岐点」を把握し、自分を黒字経営できる人間は、お金をコントロールできます。 貯金を作って旅行に行ったり、学び直してキャリアアップしたり、本当に欲しいものを手に入れたりすることができる。

数字は、君を縛るものではなく、君の自由を守るための「武器」です。

さあ、ワークショップの始まりです。 電卓とスマホを用意して、株式会社「自分」の創業計画書を書き上げてください。君の経営手腕に期待しています。

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