フラット35上限1.2億円の衝撃――「家を建てれば一人前」は本当か?大家族の切実な選択と、現代の”住まいの正体”

はじめに:1.2億円という数字が暴く、日本全土の「住」の歪み

住宅金融支援機構がフラット35の融資上限を1.2億円に引き上げたというニュースは、単なる都心のマンション価格高騰への対策に留まりません。これは、日本全国どこであっても、もはや「普通の予算」ではまともな家族の器(住まい)を確保することが困難になっているという、残酷な事実の裏付けです。

特に40代の私たちにとって、家を建てることは長らく「人生のゴール」であり、自立した大人(一人前)の証とされてきました。しかし、その「常識」は今、1.2億円という巨額の負債と、35年という途方もない歳月の前で、大きく揺らいでいます。

今回は、地方で大家族を支えるために「建てざるを得なかった」人々の苦悩から、現代の核家族が追い求めている「幻想」まで、家という存在の本質を改めて考えてみたいと思います。

第1章:1億2,000万円という「狂乱のチケット」を、誰が、なぜ手にするのか

まず直視すべきは、1.2億円という金額の異常性です。 かつては、地方で家を建てるなら3,000万円〜4,000万円もあれば十分でした。しかし現在、資材高騰と人件費の上昇により、地方であっても「家族がゆとりを持って暮らせる注文住宅」を建てようとすれば、土地代込みで6,000万円、7,000万円と膨れ上がるのは珍しくありません。

銀行が1.2億円まで貸すようになったのは、そうしなければ「家を買える人がいなくなってしまう」からです。 都市部のパワーカップルは、利便性を金で買うためにこの額を借ります。しかし、地方の大家族は、選択肢がないためにこの「狂乱のチケット」を手に取らざるを得ない状況に追い込まれています。

第2章:地方・大家族の悲鳴――「建てざるを得ない」という選択

「家なんて借りればいい、無理に買う必要はない」 そう語る都市部のミニマリストや専門家の言葉が、全く届かない現実があります。それが「地方の大家族」の住まい事情です。

例えば、夫婦と子供4人の6人家族。彼らが地方で家を探すとき、直面するのは「賃貸物件の絶望的な不足」です。 賃貸市場にあるのは、単身者向けか、せいぜい2LDKまでのファミリー向け物件。6人がプライバシーを保ちながら健康的に暮らせる4LDKや5LDKの賃貸一戸建ては、市場にほとんど出回りません。

「借りたくても、家族全員が入れる家がどこにもない」

この切実な状況下では、家を建てることは「夢」ではなく、家族が離散せずに生きるための「生存戦略」になります。彼らは、1.2億円という上限引き上げの波に乗り、本来の身の丈を超えたローンを組んででも、自分たちの「城」を築かざるを得ないのです。しかし、その「城」が35年後、彼らを救う資産になるのか、それとも身を滅ぼす負債になるのか。その議論は、常に棚上げされたままです。

第3章:「家を建てれば一人前」という呪縛の正体

私たちは幼い頃から、「家を持ってこそ一人前」「家を建てて初めて家族を守れる」という価値観を刷り込まれてきました。昭和から平成初期にかけて、それはある種の真実でした。人口が増え、地価が右肩上がりだった時代、家は最強の資産だったからです。

しかし、2025年を生きる私たちにとって、その価値観は「呪縛」に変わりつつあります。

  • 資産から負債へ: 人口が減り続ける日本において、35年後にその家を高く買ってくれる人は、今より圧倒的に少なくなっています。
  • 自由の喪失: 一度ローンを組めば、35年間、その場所に縛られ、その仕事を続けなければならない。これは「一人前」という名の「隷属」ではないでしょうか。

「家を建てることが大人としての責任だ」という古いマインドセットが、冷静な経済判断を曇らせている側面はないでしょうか。1.2億円を借りて、75歳まで払い続けることが、本当に「責任ある大人の姿」なのか。それとも、家族に豊かな経験や教育、そして不測の事態への備え(貯蓄)を残すことこそが、現代の「一人前」の定義ではないでしょうか。

第4章:現代の核家族に「家」は本当に必要か?

一方で、子供が一人、あるいは夫婦二人の核家族が増えています。大家族のように「物理的に住める場所がない」わけではない彼らまでもが、なぜ高額なローンを組んで家を欲しがるのでしょうか。

いま一度、私たちが家に求めるものを問い直す必要があります。

  • 「安心」のためか?: 35年間の返済リスク、メンテナンス費用、災害リスクを抱えることが、本当の安心に繋がっていますか?
  • 「見栄」のためか?: 周囲が建てているから、自分も一人前と認められたい。その一瞬の承認欲求のために、老後の自由を差し出していませんか?
  • 「豊かさ」のためか?: ローン返済のために共働きで疲弊し、広いリビングに家族が集まる時間もない。それは本末転倒ではないでしょうか。

現代において、家は「資産」ではなく「消費財」に近い存在になっています。特に核家族であれば、ライフステージに合わせて住まいを軽やかに変えていく「賃貸」や、より身の丈に合った「中古住宅」という選択肢の方が、結果として人生の総満足度を高めることも多いのです。

第5章:【35年間の時間旅行】親のプライドが、子供の重荷になる時

ここで、フラット35の最長期間である「35年」を時間軸で捉えてみましょう。 あなたが40歳で家を建てたとき、そのローンが終わるのは75歳。

今、目の前で笑っているあなたの子供は、その時、今のあなたと同じ40代前後になっています。 彼らが大人になった時、実家の家が「1.2億円のローンの果てにボロボロになった、資産価値ゼロの負債」として残っていたら、彼らはどう思うでしょうか。

  • 「お父さんたちは、私たちのために頑張ってこの家を守ってくれた」と感謝するでしょうか。
  • それとも、「この家のローンのために、本当は行きたかった留学を諦め、家族旅行も我慢し、今もなお親の老後を心配しなければならない」と、重荷に感じるでしょうか。

住宅ローンは、いわば「未来の自分と家族の自由」を担保に入れた借金です。大家族ゆえに建てざるを得なかったとしても、あるいは夢を求めて建てたとしても、その「出口(35年後)」を想定しない計画は、親のエゴになりかねません。

第6章:メンテナンスという「終わらない支払い」の現実

「家賃と同じ支払額で家が持てる」というセールストークが、いかに不誠実であるかは、家の「耐用年数」を見れば明らかです。住宅は、建てた瞬間から老朽化が始まります。

  • 外装(外壁・屋根): 15年ごとに200万円単位の修繕が必要です。
  • 設備(水回り・空調): 20年で寿命を迎え、数百万円の交換費用がかかります。
  • 構造(基礎・配管): 35年後、ローンが終わる頃には大規模な補強が必要になります。

これらを考慮すると、住宅ローン返済額に加えて、月々3〜5万円の「修繕積立」を自分で行うのが必須です。 1.2億円のローンを抱えながら、さらにメンテナンス費用と固定資産税を払い続ける。この現実に、あなたの家計は耐えられる設計になっていますか?

結論:家を「人生の目的」から「ただの手段」へ

家は、本来、家族が心地よく過ごすための「手段」に過ぎません。 「家を建てて一人前」という古い価値観や、「大家族だから仕方ない」という諦め、「1.2億円まで借りられる」という銀行の誘惑。これらに振り回される前に、私たちが改めて考えるべきは、**「自分たちの人生にとって、家が果たすべき本当の役割は何か」**です。

大家族で家を建てる必要があるのなら、それは資産価値を期待する「投資」としてではなく、使い倒す「道具」として、極めてシビアな予算管理のもとで行われるべきです。 核家族であれば、家を持つことが本当に自分たちの自由を最大化するのか、それとも奪うのかを、今一度冷静に天秤にかけるべきです。

もし、あなたが今、1.2億円という数字を前にして、あるいは「家を持つべき」という社会的な圧力に負けそうになっているのなら。

一度、不動産会社や銀行といった「利害関係者」から離れ、完全に中立な立場であなたの人生のバランスシートを描き直してみてください。あなたの年収、子供の教育費、老後の希望、そして万が一のリスク。これらをすべて可視化したとき、初めて「1.2億円」という数字の本当の意味が見えてきます。

家族の笑顔を守るための家が、家族を縛り付ける鎖にならないように。 プロの知見を借りて、自分の人生の「真の予算」を導き出す勇気を持ってください。

c) 免責事項

【免責事項】 本記事は、住宅ローンおよび不動産市場に関する一般的な考察を提供するものであり、個別の融資の適否や物件の購入を保証するものではありません。特に大家族での家づくりや高額なローンの契約にあたっては、信頼できる専門家(FP、税理士等)にご自身の状況を相談し、自己責任において最終判断を行ってください。

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