第9回:【定性分析②】経営戦略とリスク分析 ~「計画倒れ」の常習犯? 日産経営陣が描く未来図と、迫りくる3つの脅威~

「今度こそ、生まれ変わります」 「この計画なら、必ず復活できます」

業績が悪化した企業の社長は、必ずと言っていいほど華々しい**「中期経営計画」**を発表します。 美しいパワーポイント、右肩上がりのグラフ、そして「V字回復」という力強い言葉。

しかし、私たち投資家は、そのプレゼンテーションに酔いしれてはいけません。 過去8回にわたり、日産の数字(定量)とビジネスモデル(定性)を見てきた私たちは、日産の「体力」と「稼ぐ力」が限界に近いことを知っています。

第9回のテーマは、**「経営戦略とリスク分析」です。 今回は、読者の方から頂いた「EVの先駆者だったのに、なぜ覇権を取れなかったのか?」「経営陣に先見性がなかったのではないか?」**という鋭い指摘を深掘りしつつ、日産が掲げる再建計画「The Arc」や「Re:Nissan」の実現可能性を検証します。

そして、トランプ関税や中国市場の崩壊といった、日産を包囲する**「外部環境のリスク」**を分析します。 「経営者の言葉」ではなく、「実行能力」を見極める。これが、あなたの資産を守る最後の砦となります。


1. 経営計画の「信憑性」を疑え

日産は現在、経営計画「The Arc」に加え、決算短信の注記にもあるように**「Re:Nissan」**という再建策を進めています。 その中身は主に、「販売台数の増加」と「電動化の推進」です。

しかし、財務分析をしてきたmakoには、この計画に**3つの「無理」**があるように見えます。

① 「お金がない」のにどうやって?

計画には「新型車を大量投入する」とあります。 しかし、第3回(C/S分析)で見た通り、本業のキャッシュフローは赤字です。第4回(収益性分析)で見た通り、借金の金利は約8%です。 「開発費の原資」はどこにあるのでしょうか? 「高金利の借金で開発して、売れたら返す」という、ギャンブルに近い構図になっていないでしょうか?

② 「時間がない」のに間に合うか?

車の開発には3〜5年かかります。今から慌てて開発しても、商品が出るのは早くて2027年〜2028年です。 第2回(B/S分析)で計算した「余命(資金繰り)」は、社債発行で延びたとはいえ、予断を許さない状況です。 新車が出る前に、資金が尽きるリスクとの競争になります。

③ 「覚悟」はあるのか?(EV敗戦の教訓)

読者の方のご指摘通り、日産は誰よりも早くEV(リーフ)を出したのに、覇権をテスラに奪われました。 その原因は、当時の経営陣が**「今は儲からないから」という理由でEVへの投資を緩め、「手っ取り早く儲かる新興国向けのガソリン車」にリソースを吸い取らせてしまったことにあります。 今の経営陣に、テスラのイーロン・マスク氏のように「赤字でも批判されても、絶対にEVの未来を信じてやり抜く」という胆力**があるのか? 過去の「ブレた経営」の歴史を見る限り、疑わざるを得ません。


2. 日産を包囲する「3つの地政学リスク」

経営陣の努力だけではどうにもならない、巨大な津波(リスク)も迫っています。

① 「トランプ関税」の悪夢(対米依存の限界)

現在の日産にとって、唯一まともに稼げている(売上が立っている)生命線が北米市場です。 もし米国で「すべての輸入品に10%〜20%の関税をかける」という政策が実行されたらどうなるでしょうか? 日産は日本やメキシコから多くの車を米国に輸出しています。 第1回で見た通り、すでに「関税と為替」の影響で赤字になっているのに、これ以上の関税がかかれば、日産の生命線である米国事業が即死しかねません。

② 中国市場の「完全撤退」リスク

かつてのドル箱だった中国では、BYDなどの現地メーカーによる価格破壊で、日産車は全く売れなくなっています。 工場稼働率は低下し、赤字を垂れ流す「お荷物」になりつつあります。 **「撤退」**を決断すれば、巨額の損失(数千億円)を一括計上することになります。しかし、ズルズル続ければ「出血」が止まりません。進むも地獄、引くも地獄です。

③ 円高への転換

現在の日産は、歴史的な「円安」によって、海外売上の見た目が膨らみ、なんとか倒産を免れている側面があります。 もし日本の金利が上がり、**「円高」**になったら? 「円安ドーピング」が切れた瞬間、隠されていた実力の無さが露呈し、決算書はさらに真っ赤に染まるでしょう。金利8%のドル建て社債の返済負担も、円換算で重くなります。


3. makoの分析:「縮小均衡」しか道はない

経営陣は「拡大(販売増)」を掲げていますが、私の分析では、生き残る道は**「縮小(ダウンサイジング)」**しかありません。

  • ホンダの決断: ホンダはいち早く工場を閉鎖し、生産能力を落として、利益率を高める体質改善を行いました。
  • 日産の現状: まだ「世界販売○百万台」という規模への未練が見えます。第8回で触れた「拡大路線の呪縛」が解けていません。

投資家として評価できるのは、「夢のある成長戦略」ではありません。 「身の丈に合わせて工場を半分にし、車種を3割減らし、小さいけれど確実に利益が出る会社になります」 という、痛みを伴う現実的な撤退戦を宣言した時だけです。

今の経営計画からは、まだその「覚悟」が感じられません。


4. まとめ:言葉ではなく「行動」を見よ

今回、経営戦略とリスクを分析しましたが、残念ながら「希望」よりも「懸念」が圧倒的に勝る結果となりました。

【第9回のまとめ】

  1. 戦略と財務のミスマッチ。 「新型車攻勢」を掲げるが、それを実行するための資金(キャッシュフロー)が枯渇しており、高金利の借金に頼らざるを得ない。
  2. 一本足打法のリスク。 頼みの綱である「米国市場」に関税リスクが迫っており、もし米国がコケれば日産を支える柱がなくなる。
  3. 過去の反省が見えない。 かつてEVの先行者利益を捨てて目先の利益に走ったように、現在も「縮小してでも利益を出す」という抜本的な構造改革(痛みを伴う外科手術)が遅れている。

【makoのアクションプラン】

「企業の中期経営計画を見たら、3年前の計画と、今の実績を比べてみてください。『売上〇兆円目指します!』と言って、達成できなかった経営者が、今回また『目指します!』と言っていたら、その計画書は信じてはいけません。夢を語るオオカミ少年に、あなたの大切な資産を預けてはいけません。」

いよいよ次回は最終回です。 これまでの全9回の分析(P/L、B/S、C/S、効率性、安全性、還元、割安性、ビジネスモデル、戦略)を総動員し、日産自動車への**「最終投資判断」**を下します。

そして、あなた自身がこれから投資家としてどう立ち回るべきか。 **「自分だけの投資ストーリー」**を描き、勝てる投資家になるための最後のメッセージをお届けします。 感動のフィナーレにご期待ください!


【makoの投資判断(今回の経営戦略・リスク分析に基づく)】

評価:1 / 10 (※10点満点中)

理由: 経営戦略の実行可能性に強い疑義があります。財務リソースが枯渇している中で「成長」を掲げるのは現実的ではありません。また、米国一本足打法のリスクヘッジができておらず、外部環境(関税・為替)の変化に対して極めて脆弱です。「過去の失敗(拡大路線・EV戦略の迷走)」の清算が終わっていない段階での「再拡大」は、リスク管理の観点から承認できません。

(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信)


免責事項: 本記事は、提供された2026年3月期第1四半期決算短信のデータおよび一般的な業界情報を基に、教育目的で企業の経営戦略を分析したものです。記事内の見解は筆者の分析であり、将来の経営成果や株価を保証するものではありません。特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断は、最新の情報を確認の上、ご自身の責任で行ってください。

コメントを残す