第8回:【定性分析①】ビジネスモデルと競合比較 ~天才的な「標準化」戦略はなぜ失敗したか? トヨタとの決定的な「使い道」の差~

「数字は嘘をつかない」。

これまで7回にわたり、日産自動車の決算書という「カルテ」を読み解き、その病状(赤字・借金・効率悪化)を確認してきました。

しかし、数字はあくまで「結果」です。

なぜ、かつて「技術の日産」と呼ばれ、ゴーン体制下で世界をリードする高収益企業だった日産が、ここまで凋落してしまったのか?

第8回のテーマは、「ビジネスモデルと競合比較」。

今回は、読者の方から頂いた**「部品の標準化(コモン・モジュール・ファミリー)は、先見性のある正しい戦略だったのではないか?」**という極めて鋭い指摘を起点に、日産のビジネスモデルのどこが狂ってしまったのかを解剖します。

最強の武器を持っていたはずの日産が、なぜその武器で自分の足を撃ってしまったのか。

トヨタ・ホンダとの比較から、その「悲劇の構造」を浮き彫りにします。


1. 日産のビジネスモデル:「最強の武器」の使い間違い

日産のビジネスモデルを語る上で欠かせないのが、ゴーン元会長が導入した**「徹底的な部品の標準化(CMF)」**です。

素晴らしかつた「先見性」

「ルノーと日産で、エンジンや車台(プラットフォーム)を共通化する」。

これは、今の自動車業界では当たり前の「モジュール化」ですが、当時としては世界をリードする革命的なアイデアでした。

これにより、開発費を劇的に下げ、部品を大量発注することでコストを極限まで下げることに成功しました。

戦略として、これは間違いなく**「大正解」**でした。

なぜ「コモディティ化(没個性)」したのか?

しかし、この「標準化」には副作用がありました。

日産は、標準化で浮いたコストを「もっと良い車を作る」ことではなく、**「新興国で安く売るための原資」や「株主への配当」**に回してしまったのです。

  • 結果: どの車に乗っても「どこかで見たような内装」「コストカットされた質感」を感じさせるようになり、「日産車ならではの魅力(ワクワク感)」が削ぎ落とされてしまいました。

本来、標準化は「浮いたお金で、独自性(デザインや走り)を磨く」ためにやるものです。

しかし日産は、標準化を**「単なるコストダウンの道具」**として使い倒してしまった。これが、商品力が低下し、現在の「値引きしないと売れない」体質(第1回参照)を招いた真因です。


2. 競合比較:トヨタ・ホンダとの「標準化」の違い

ライバルたちも「標準化」を進めています。しかし、その**「目的」**が日産とは決定的に異なっていました。

企業名標準化戦略の名前目的と結果日産との決定的な差
トヨタTNGA
(Toyota New Global Architecture)
目的:「もっといいクルマづくり」。
結果: 共通化で浮いたお金を、走行性能やデザインの向上に投入。プリウスやクラウンなど、商品力が劇的に上がった。
「質の向上」に使った。
標準化を手段として、車の魅力を上げることに成功したため、定価でも売れる。
ホンダホンダ・アーキテクチャ目的:「派生モデルの効率化」。
結果: 独自性(M・M思想)を守りつつ効率化。N-BOXのような「高くても売れる大ヒット作」を生み出した。
「独自性」を守った。
エンジニアのこだわりを残しつつ効率化したため、ファンが離れなかった。
日産CMF
(Common Module Family)
目的:「コスト削減と規模拡大」。
結果: ルノーとの調整に時間を取られ、個性が消滅。安くは作れたが、魅力も薄れてしまった。
「安さ」に使った。
標準化の果実をコストカットに全振りしたため、商品がコモディティ(日用品)化してしまった。

makoの分析:

日産の戦略(CMF)自体は、トヨタ(TNGA)より早かったのです。

しかし、**「何のために標準化するのか?」という目的が、トヨタは「品質」を向いていたのに対し、日産は「数字(コスト)」を向いていました。

10年の時を経て、その「目的の差」が、現在の圧倒的な「利益率の格差」**となって表れています。


3. 現在のビジネスモデル:崩れた「安売りの勝利の方程式」

かつては、この「標準化×安売り」モデルは機能していました。

新興国が成長していたからです。

しかし現在、その前提が崩れました。

  1. 中国市場の激変: BYDなどの中国メーカーが、日産以上に徹底した標準化と低コスト化で、日産のお株を奪う「超・激安高品質EV」を出してきました。
  2. 米国市場のインフレ: 人件費や資材が高騰し、「安く作る」ことが限界に達しました。

結果:

第1回・第4回で見た通り、**原価率は約95%**まで悪化。

「安く作る」という最大の武器を失った今、日産に残ったのは「没個性な車」と「高い固定費」だけという、非常に苦しい状況です。


4. まとめ:武器は「使い方」で毒にも薬にもなる

今回の定性分析で、日産の苦境は「戦略(標準化)が悪かった」のではなく、**「その戦略を『コストカット』のみに使いすぎたこと」**にあると分かりました。

先見性はあった。技術もあった。

しかし、それを「顧客の喜び」ではなく「会社の都合(利益捻出)」に使ってしまった。

この過去の経営判断のツケを、今、巨額の赤字と在庫評価損という形で払わされているのです。

【第8回のまとめ】

  1. 標準化(CMF)は正しかった。 ゴーン時代のモジュール化戦略自体は、業界を先取りする天才的な発想だった。
  2. 「目的」を間違えた。 トヨタが標準化のメリットを「品質向上」に使ったのに対し、日産は「コスト削減と安売り」に使ってしまい、商品力が低下した。
  3. 競争優位性の喪失。 「安く作る」という強みは中国勢(BYD)に奪われ、「良い車」という強みはトヨタに奪われた。独自の立ち位置を取り戻す必要がある。

【makoのアクションプラン】

「投資を検討するメーカーがあったら、『研究開発費』が売上の何%かを見てください(日産は約4〜5%)。そして、そのお金が『コスト削減』に使われているのか、『新しいワクワクする商品』に使われているのか、社長のメッセージや新製品から感じ取ってください。コストの話ばかりする企業は、縮小均衡のサインです。」

さて、過去の戦略の功罪は分かりました。

では、現在の経営陣は、この状況をどう打破しようとしているのでしょうか?

次回、第9回は**「定性分析②:経営戦略とリスク分析」**。

経営陣が掲げる中期経営計画「The Arc」は、失われた「技術の日産」を取り戻す起爆剤になるのか? それとも絵に描いた餅か?

トランプ関税などの外部リスクと共に分析します。お楽しみに!


【makoの投資判断(今回の定性分析に基づく)】

評価:2 / 10

(※10点満点中)

理由:

戦略の先見性(CMF)は評価できますが、現状のビジネスモデルが機能不全(原価率悪化・差別化困難)に陥っているため、評価は低いです。「標準化」という遺産を、「高付加価値化」へと転換できるかが鍵ですが、現在の財務状況ではそのための投資余力が乏しく、負のスパイラルから抜け出す具体策が見えません。

(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信、及び一般的な自動車業界の技術動向に基づく分析)


免責事項:

本記事は、提供された2026年3月期第1四半期決算短信のデータおよび一般的な業界情報を基に、教育目的で企業のビジネスモデルを分析したものです。記事内の見解は筆者の分析であり、将来の経営成果や株価を保証するものではありません。特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断は、最新の情報を確認の上、ご自身の責任で行ってください。

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