「株価が下がっている今こそ、買い時じゃないか?」 「腐っても日産。いつか復活するなら、今のうちに仕込んでおけば大儲けできるのでは?」
暴落した有名な企業の株を見て、そう心が揺らいだことはありませんか? 株式投資の世界には、**「逆張り(ぎゃくばり)」**という手法があります。みんなが悲観して売り払った「ゴミのような株」を拾い集め、復活した時に高く売る。ハゲタカ投資家やバリュー投資家が得意とする戦法です。
しかし、そこには致命的な罠があります。 それが**「バリュートラップ(割安の罠)」**です。 「安いと思って買ったら、そこからさらに奈落の底まで落ちていき、最後は紙切れになった」という悲劇は、常に「安く見えた株」で起こります。
第7回のテーマは、企業の未来を占う**「成長性」と、株価の適正度を測る「割安性(PER・PBR)」です。 これまで、日産自動車の「赤字(P/L)」「借金(B/S)」「出血(C/S)」を見てきました。 今回は、これらを踏まえた上で、現在の日産自動車が「拾うべきダイヤの原石」なのか、それとも「触れてはいけない落ちるナイフ」**なのかを、投資指標を使って冷徹に判定します。
「利益予想未定」という異常事態が記された決算短信。その意味を正しく理解しなければ、あなたの大切な資産が一瞬で溶けてしまうかもしれませんよ。
1. 「成長性」なき企業に、株価上昇なし
株価が上がる理由はシンプルです。「その企業が、将来もっと稼ぐようになる」とみんなが期待するからです。 その期待値を測るのが**「成長性分析」**です。
見るべきポイントは2つだけ。
- 増収率(売上高の伸び): お客さんからの支持が広がっているか?
- 増益率(利益の伸び): 効率よく稼げるようになっているか?
実践分析:日産自動車の成長エンジンは「逆回転」している
それでは、決算短信の数字を確認しましょう。
【日産自動車の成長トレンド(2026年3月期 1Q)】
- 売上高: 2兆7,069億円(前年比 9.7% 減)
- 営業利益: 791億円の赤字(前年比 赤字転落)
- 販売台数: 70.7万台(前年比 10.1% 減)
makoの診断: 全ての矢印が「下」を向いています。 特に深刻なのは、利益だけでなく**「売上(トップライン)」が約10%も縮んでいることです。 コスト削減で利益を出すのは「守りの経営」ですが、売上が減るというのは「商品が選ばれなくなっている」という「競争力の喪失」**を意味します。
さらに恐ろしいのが、**「将来の予想(ガイダンス)」**です。 通常、企業は「通期(1年間)でこれくらい稼ぎます」という予想を出します。 しかし、日産の短信にはこう書かれています。
「親会社株主に帰属する当期純利益(中略)については、現時点では合理的な算定が困難であるため、未定としています。」
これは異常事態です。 第1四半期が終わった時点で、「あと9ヶ月でどれくらい稼げるか、計算できません」と白旗を上げているのです。 船長が「目的地も、到着時間もわかりません」と言っている船に、あなたは乗りますか? 成長性分析の結論は、**「成長どころか、漂流している」**です。
2. 「割安性」の罠(PERとPBR)
次に、「今の株価は安いのか?」を分析します。 ここで使うのが、投資家の必須アイテム**「PER」と「PBR」**です。
① PER(株価収益率):投資回収にかかる年数
- 計算式: 株価 ÷ 1株当たり純利益(EPS)
- 意味: 「今の純利益が続けば、何年で元が取れるか」。低いほど割安(日本株平均は15倍前後)。
【日産のPER分析】 計算不能です。 なぜなら、分母である「予想純利益」が**「未定(または赤字)」だからです。 赤字企業のPERは算出できません(あえて言えばマイナス)。 「PERが計算できない」ということは、「投資回収のメドが立たない」**ということです。この時点で、まともな投資対象からは外れます。
② PBR(株価純資産倍率):解散価値
- 計算式: 株価 ÷ 1株当たり純資産(BPS)
- 意味: 「会社を今すぐ解散して資産を分けたら、投資額が戻ってくるか」。
- 目安: 1倍が基準。1倍を割れると「バーゲンセール(会社の資産価値より安く売られている)」と言われます。
【日産のPBR分析】 ここが最大の「バリュートラップ」の入り口です。 まず、日産の「1株当たり純資産(BPS)」を計算してみましょう。 自己資本(純資産の部合計)を、発行済株式数(自己株式を除く)で割ります。
- 純資産の部合計: 5兆2,405億円
- 発行済株式数(自己株除く): 34億9,119万株
5兆2,405億円 ÷ 34億9,119万株 ≒ 1,501円
1株あたりの純資産は約1,500円です。 もし、現在の日産の株価が400円だとしましょう(仮定)。
400円 ÷ 1,501円 ≒ 0.26倍
「えっ! PBR 0.26倍!? 1倍を遥かに下回る超・激安じゃないか!」 「解散すれば1,500円戻ってくるのに、400円で売ってるなんて、1000円札が400円で売られてるようなものだ!」
そう思って飛びついた瞬間、罠にかかります。 なぜ、市場は日産をここまで安く放置しているのでしょうか?
3. なぜ「激安」なのか? PBR 1倍割れの正体
市場が間違っているわけではありません。市場は**「日産の純資産(1,501円)は、いずれ毀損して減るだろう」**と見越しているのです。
これまでの連載(第2回、第5回)を思い出してください。日産の資産には「爆弾」が埋まっていましたよね。
- 在庫の山(約1.66兆円): 売れ残った1.66兆円の在庫。もしこれが売れずに廃棄や大幅値引きになれば、資産価値は数千億円単位で消滅します。
- 工場の減損リスク: 今期すでに約400億円の減損を出しました。赤字が続けば、工場の価値はさらにゼロに近づきます。
- 赤字による資産の流出: 第1四半期だけで1,158億円の赤字(純資産の減少)を出しました。このペースで赤字が続けば、純資産(BPS 1,501円)自体がどんどん減っていきます。
makoの解説: PBRが0.2倍台というのは、「お買い得」なのではなく、**「あなたの財布(純資産)に入っている1,500円は、どうせ無駄遣い(赤字)や落とし物(減損)で減って、最後は400円くらいの価値しか残らないでしょ?」**と、市場から冷たく見透かされている状態なのです。
これを**「将来の毀損を織り込んでいる」**と言います。
4. 「ハゲタカ(再生ファンド)」は買うか?
では、あえて火中の栗を拾う「再生ファンド」のようなプロ投資家は、今の日産を買うでしょうか?
彼らが「買い」を入れる条件は2つです。
- 「Bad Management, Good Assets」: 経営はダメだが、持っている資産(土地や特許)は超一流であること。
- 「底値」が見えていること: 悪材料が出尽くしていること。
今の日産は?
- 資産: 在庫や過剰設備が多く、資産の質が良いとは言えません(第5回参照)。
- 底値: 通期予想が「未定」であり、底が見えません。さらに金利8%の社債が将来の利益を圧迫します。
プロの視点でも、今はまだ「買い場」ではありません。 「落ちてくるナイフは、地面に刺さって動かなくなってから拾え」 これが投資の鉄則です。日産のナイフは、まだ空中で回転しながら落下している最中です。
5. まとめ:安さには「恐ろしい理由」がある
今回の成長性・割安性分析で、日産自動車が「バリュー株(お買い得)」ではなく**「バリュートラップ(安さの罠)」**であることが明らかになりました。
PERは計算不能、PBRは激安に見えますが、それは「資産が腐っていくリスク」を反映した適正価格かもしれません。 「安いから」という理由だけで飛びつくと、その安物買いは、あなたの資産を失う「銭失い」になる可能性が極めて高いです。
【第7回のまとめ】
- 成長性は「完全停止」。 売上減(9.7%減)と赤字転落により、成長エンジンは逆回転している。
- PERは「測定不能」。 最終利益の予想が「未定」であり、投資回収のメドが全く立っていない。
- PBRの安さは「罠」。 BPS(1株純資産)は約1,500円あるが、在庫評価損や赤字による毀損リスクを市場が織り込んでいるため、割安に見えるだけである。
【makoのアクションプラン】
「PBRが1倍を割れている(0.5倍など)銘柄を見つけたら、喜ぶ前に『なぜ安いのか?』を疑ってください。B/Sを見て『在庫』や『固定資産』が異常に積み上がっていないか確認しましょう。もしそうなら、それは『お買い得』ではなく『在庫処分セール』です。」
さて、数字の分析はこれで一通り終わりました。 次回からは、数字には表れない**「定性分析」に入ります。 第8回は「ビジネスモデルと競合比較」**。 トヨタやホンダ、そしてテスラや中国BYDと比べて、日産のビジネスの「何」が根本的に弱いのか? 「技術の日産」というブランドは、まだ通用するのか? 数字の裏にある「競争力の源泉」を解剖します。お楽しみに!
【makoの投資判断(今回の成長性・割安性分析に基づく)】
評価:1 / 10 (※10点満点中)
理由: 「1」です。成長性の指標(増収率・増益率)がマイナスであり、将来の業績予想すら「未定」である以上、投資の前提条件が成立しません。PBRの低さは魅力ではなく、資産劣化リスクの表れと判断します。バリュートラップの典型例であり、現時点でのエントリーは推奨できません。
(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信)
免責事項: 本記事は、提供された2026年3月期第1四半期決算短信のデータに基づき、教育目的で企業の財務状況を分析したものです。記事内のBPS試算や株価評価の考え方は公表データに基づく筆者の分析であり、将来の株価推移を保証するものではありません。特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断は、最新の情報を確認の上、ご自身の責任で行ってください。