「借金をしてまで投資をするのは、悪いことですか?」
投資の世界では、借金は必ずしも悪ではありません。 例えば、金利1%でお金を借りて、利回り10%のビジネスができれば、自分の財布を痛めずに大儲けできます(レバレッジ効果)。これは「良い借金」です。
しかし、もし**「金利8%でお金を借りて、利回りマイナスのビジネスをしている」としたら? それはビジネスではなく、「資産の自殺行為」**です。
前回、日産自動車が「年利約8%」という高金利で社債を発行したことを確認しました。そして、現在の資産効率(ROA)はマイナスです。
今回は、読者の方から頂いた切実な問い**「金利8%の場合、どれくらい稼げば生き残れるのか?」に答えながら、企業の生存能力を測る「安全性分析」**を行います。 日産自動車が生き残るための「最低ライン」はどこなのか? そして、帳簿上の「資産」に隠された、在庫という時限爆弾の正体を暴きます。
1. 問いへの回答:金利8%の借金、どれだけ稼げば許される?
まず、ズバリお答えします。
A. 最低でも「ROA(総資産利益率)が8%以上」になるまで稼がなければなりません。
なぜ「8%」なのか?(ハードル・レート)
企業が調達した資金にかかるコスト(金利など)を**「ハードル・レート(超えなければならない壁)」**と呼びます。
- 借金のコスト: 8.125%(今回発行された2035年満期ドル建て社債の利率)
- 現状の日産のROA: 約マイナス2.5%(第4回で試算)
今の状態は、**「100円借りるたびに、毎年8円の利息を払い、さらにビジネスで2.5円損をしている」**状態です。合計で年間10.5円ずつ資産が溶けています。
生存のための「損益分岐点」
日産が健全な企業に戻るためには、調達コスト(8%)以上のリターンを生み出す必要があります。これを具体的な金額で計算してみましょう。
- 総資産: 18兆6,770億円
- ハードルレート: 8%
18.7兆円 × 8% = 約1.5兆円
今の総資産規模を維持するなら、年間約1.5兆円規模の利益(金利コスト等をカバーする水準)を出して初めて、投資家は「トントン(損得なし)」と判断します。 現状の赤字(四半期純損失1,158億円 )から考えると、途方もない道のりです。
2. 日産がとるべき「3つの緊急対策」
では、この絶望的な状況を打破するために、経営者は何をすべきか? 財務の視点から有効な対策は3つしかありません。
① 「分母」を減らす(資産の圧縮)
稼ぐ額(分子)を急に1.5兆円にするのは困難ですが、資産(分母)を減らして効率を上げることは可能です。
- 在庫の処分: 売れ残った約1.66兆円 の在庫を、安売りしてでも現金化し、借金返済に充てる。
- 資産の売却: 稼働率の低い工場や、持ち合い株式を売って、バランスシートをスリムにする。
② 「粗利率」の改善(値上げとコスト削減)
第1回で見た通り、原価率は約95%まで悪化しています。
- 不採算車種の廃止: 儲からない車は作るのをやめる。
- 固定費の削減: 工場閉鎖や人員整理を行い、少ない販売台数でも利益が出る体質にする。
③ 「稼げる市場」への集中
- 現在の「全方位戦略」をやめ、日産がまだ勝てる技術・地域にリソースを全振りする。
3. 実践分析:安全性の指標「自己資本比率」
それでは、決算短信の数字を使って、現状の「守りの硬さ」をチェックしましょう。
自己資本比率:家のローンの頭金と同じ
「総資産のうち、返さなくていいお金(自分のお金)はどれくらいか?」
- 計算式: 純資産(非支配株主持分除く) ÷ 総資産 × 100
- 日産の数値: 4兆7,670億円 ÷ 18兆6,770億円 ≒ 25.5%
makoの診断: **「危険水域ギリギリ」**です。 一般的に製造業なら40%以上が安全圏とされますが、日産は25%しかありません。
なぜ「20%〜30%」が必要なのか?
「25%あれば十分では?」と思うかもしれません。しかし、ここには**「資産価値の下落リスク」**という視点が必要です。 リーマンショック級の不況が来ると、企業の資産価値は実質2〜3割下がると言われています。
- もし資産(18.7兆円)の価値が25%下がったら? 約4.7兆円の損失が出ます。これは日産の自己資本(4.7兆円)とほぼ同額です。 つまり、**「一度の大不況で資産価値が25%毀損すれば、即座に債務超過(倒産)になる」**というギリギリのラインに立っているのです。
4. makoのファクトチェック:「流動資産」の罠と在庫リスク
次に、短期的な支払い能力を見る「流動比率」です。
- 流動資産: 12兆0,551億円
- 流動負債: 8兆0,667億円
- 流動比率: 約149%
「150%近くあるなら、借金返済は余裕じゃないか!」 数字上はそう見えます。しかし、流動資産の「中身」を腐った食材がないかチェックする必要があります。
【日産の流動資産(約12兆円)の内訳】
- 現金及び預金:約1.65兆円
- これは本物のお金です。OK。
- 商品及び製品・仕掛品・原材料(在庫):約1.66兆円
- 要注意! 売上高が減少している中で積み上がっている在庫です。
- 販売金融債権:約7.09兆円
- 超・要注意! お客さんの車のローンです。流動資産の半分以上をこれが占めています。
「帳簿の価格」vs「売れる価格」
在庫1.66兆円は、あくまで「作ったコスト(帳簿価額)」です。 もしこれが定価で売れず、2割引きで投げ売りすることになったら? その瞬間に数千億円の損失が生まれます。
会計には「低価法」というルールがあり、「売れる値段が下がったと分かった時点で、在庫の価値を下げなさい」と決められています。 日産のように在庫が積み上がっている企業は、将来的に「在庫評価損」や、工場の稼働停止に伴う「減損損失」(実際に今期も406億円計上しています )が発生し、資産が目減りするリスクが高いのです。
makoの結論: 日産の安全性は、**「在庫が定価で売れること」と「アメリカの客がローンを払ってくれること」**という2つの不確定要素の上に成り立っている、砂上の楼閣です。
5. まとめ:高金利の借金と、脆い土台
今回の分析で、日産自動車の「守り」がいかに危ういバランスの上にあるかが分かりました。
金利8%の借金を背負うということは、**「毎年8%以上の成長を義務付けられた」**も同然です。しかし、今の財務基盤(自己資本比率25%)と資産の質(在庫と債権の塊)では、そのハードルを越えるのは至難の業です。
【第5回のまとめ】
- 「8%の壁」を超えろ。 借金金利が8%なら、ROAも8%以上にしないと会社は死ぬ。現状の赤字からの回復には、1.5兆円規模の利益改善が必要という絶望的なギャップがある。
- 自己資本比率25%の脆さ。 資産価値が2〜3割下がるようなショック(不況やEVシフト失敗)が起きれば、バッファを使い果たして債務超過になるリスクがある。
- 「資産」を過信してはいけない。 1.6兆円の在庫は、売れなければただの「損失予備軍」である。帳簿上の数字ではなく、実質的な価値を見極める必要がある。
【makoのアクションプラン】
「保有株の『自己資本比率』を見てください。40%以下なら『借金体質』です。さらに『有利子負債』が『現金』より多い場合、金利が上がると経営が傾くリスクがあります。金利上昇局面では、財務がピカピカの企業(無借金など)に避難するのが鉄則です。」
さて、ここまで財務三表を解剖してきましたが、投資家として一番気になるのはこれですよね。 「で、結局、株主にはいくら還元してくれるの?」
次回、第6回は**「株主還元分析」**。 配当金や自社株買いについて分析します。 赤字で、借金まみれの日産自動車。果たして配当を出す余裕なんてあるのでしょうか? 短信にある「配当予想」の数字を見た時、あなたはきっと言葉を失います。 お楽しみに!
【makoの投資判断(今回の安全性分析に基づく)】
評価:1 / 10 (※10点満点中)
理由: 安全性も最低評価です。自己資本比率25.5%は製造業として低すぎます。見かけの流動比率は高いですが、その中身が「流動性の低い在庫」と「リスクある金融債権」で占められており、質が悪いです。何より、調達金利(8%)をカバーできる見通しが立っていない現状では、財務リスクが極大化しています。
(出典:日産自動車株式会社 2026年3月期 第1四半期決算短信)
免責事項: 本記事は、提供された2026年3月期第1四半期決算短信のデータに基づき、教育目的で企業の財務状況を分析したものです。記事内の「必要な利益額」などの試算や評価は、公表データに基づく筆者の分析であり、将来の業績や株価を保証するものではありません。特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資判断は、最新の情報を確認の上、ご自身の責任で行ってください。