【ROIC(投下資本利益率)】「忙しいだけの社長」と「稼ぐ経営者」を分ける残酷な境界線

1. 導入:あなたの会社の社長は、本当に「仕事」をしていますか?

「うちの社長は、朝から晩まで会議続きで忙しそうだ」 「部長たちは、いつも社内の調整や根回しに走り回っている」

40代の働き盛りの皆様なら、職場でよく目にする光景かもしれません。額に汗して働く姿は、一見すると尊いものです。しかし、ここで一度、冷徹な視点で問いかけてみてください。

「その『忙しさ』は、本当に利益を生んでいますか? それとも、単なる『社内遊戯』ではありませんか?」

日本企業の多くが、長年この問いから逃げてきました。 「売上は上がっているからいいじゃないか」 「利益が出ているから文句はないだろう」

そうやって、現場の改善(オペレーション)だけに没頭し、積み上がった余分な在庫、使われていない工場、目的の不明な接待交際費……これら「贅肉」を見て見ぬふりをしてきました。

しかし、時代は変わりました。今、世界の投資家たちが、そして賢明なビジネスパーソンたちが、ある一つの指標を突きつけています。それが**【ROIC(投下資本利益率)】**です。

これは単なる財務指標ではありません。「経営者が本当に『経営』をしているか、それとも『部長の延長』で遊んでいるだけか」を暴き出す、嘘のつけない通信簿なのです。

本記事では、このROICというレンズを通して、日本企業の課題と、私たち40代がこれから身につけるべき「真の経営視点」について、徹底的に解き明かしていきます。

2. ROICとは何か? 「稼ぐ力」の純度を測る究極の物差し

まずは定義から入りましょう。しかし、教科書的な説明はしません。

ROIC(Return on Invested Capital:投下資本利益率)とは、一言で言えば**「経営の燃費」**です。

計算式は以下の通りです。 (※数式ではなく、言葉の構造で理解してください)

ROIC = 税引後営業利益 ÷ 投下資本(有利子負債 + 株主資本)

  • 分子(税引後営業利益): 会社が本業で稼いだ手取りの利益。
  • 分母(投下資本): 事業を行うために調達したすべてのお金(銀行からの借金 + 株主からのお金)。

この式が意味すること。それは、**「ビジネスの筋肉量」**の測定です。

あなたがレストランのオーナーシェフだと想像してみてください。 A店は、最高級の食材(高コスト)を使い、豪華なキッチン(高設備投資)を持って、月に100万円の利益を出しています。 B店は、限られた冷蔵庫の中身(低コスト)と小さなキッチンを工夫して使い切り、同じく月に100万円の利益を出しています。

これまで日本企業の多くは、「どちらも100万円の利益だから、同じくらい優秀だ」と評価してきました。これが「PL(損益計算書)脳」です。 しかし、ROICの視点では、B店の方が圧倒的に優秀です。少ない元手(資本)で、同じ価値を生み出したからです。

ROICが高い企業とは、贅肉(余分な資産や無駄な投資)がなく、筋肉(稼ぐ力)が引き締まっているアスリートのような企業です。

3. なぜ今、私たちは「ROIC」を知る必要があるのか?

「利益が出ているなら、別にいいじゃないか」。そう思うかもしれません。 しかし、ROICが重要視される背景には、もっと深い理由があります。それは、日本企業が陥ってきた**「3つの罠」**と密接に関係しています。

理由①:「借金」というドーピングを見抜けるから(ROEとの違い)

投資の世界で長らく王様だった指標に「ROE(自己資本利益率)」があります。これは「株主のお金に対して、どれだけ利益が出たか」を見るものです。 しかし、ROEには致命的な弱点があります。それは、「借金をしまくって分母(自己資本)を小さく見せれば、数値が跳ね上がる」という点です。これを「財務レバレッジ」と言いますが、いわば**「借金というドーピング」**です。

一方、ROICの分母には「借金(有利子負債)」もしっかり含まれています。 つまり、借金を増やして見かけを良くしようとしても、分母が増えるだけなので、利益がそれに伴って増えない限り、ROICの数値は上がりません。

40代ともなれば、表面的な派手さ(ROE)よりも、実質的な強さ(ROIC)を見抜く目が求められます。「借金で大きく見せているだけではないか?」という疑念に対し、ROICは嘘をつきません。

理由②:「無料のランチ」の幻覚(WACCとの戦い)

ここが最も重要で、かつ多くの経営者が理解していなかったポイントです。 **「株主資本はタダ(無料)だと思っていた」**という勘違いです。

銀行から借りたお金には「金利」という請求書が届くので、コストだと認識できます。 しかし、株主から預かったお金(株主資本)には、請求書が届きません。そのため、多くの経営者は**「株主のお金は、返さなくていい『もらいもの』であり、コストゼロの資金だ」**と錯覚してしまいます。

しかし、資本主義のルールでは違います。株主は、銀行金利以上のリターン(配当や株価上昇)を期待してリスクを取っているからです。この期待リターンを**「WACC(ワック:加重平均資本コスト)」**と呼びます。

  • ROIC > WACC (調達コスト以上に稼いでいる) = 「価値を創造している」
  • ROIC < WACC (調達コスト以下しか稼げない) = 「価値を破壊している」

もし、ある企業がROIC 4%で利益を出していても、資金調達コスト(WACC)が5%かかっていたらどうでしょうか? 計算上は黒字でも、経済的には**「価値を破壊している」**ことになります。

「利益は出ているからいいじゃないか」という甘えを許さず、**「調達コスト以上に稼いで初めて、企業価値が生まれたと言える」**という厳しいハードルを課すのがROIC経営です。

理由③:現場が「自分事」として動ける共通言語

「ROEを上げろ!」と社長が叫んでも、現場は何をすればいいか分かりません。「財務レバレッジを効かせる」などは財務部の仕事であり、営業や製造の現場には関係ないからです。

しかし、ROICは違います。ROICを因数分解すると、現場のToDoリストに落とし込むことができます。

  • 分子(利益)を増やすには?
    • 原価を下げる(製造現場)
    • 値上げをする(マーケティング)
  • 分母(投下資本)を減らすには?
    • 在庫を減らす(倉庫・物流)
    • 遊休資産を売却する(管財)
    • 売掛金の回収を早める(経理・営業)

「ROICを上げよう」という号令は、「倉庫の在庫を減らすことが、会社の企業価値を上げることなんだ」という納得感を生みます。経営者と現場が、同じ目線で「効率」を語り合える。ROICは、組織の視座を合わせるための最強の共通言語なのです。

4. 資本のメカニズム:「在庫を減らす」がなぜ「資本を減らす」のか?

ここで一つ、多くの人が抱く疑問を解消しましょう。 「在庫や売掛金(資産=バランスシートの左側)」を減らすことが、なぜ「株主資本や借金(調達=バランスシートの右側)」を減らすことにつながるのか?

一見すると、「在庫」と「株主資本」は全く別の場所にあるように見えます。しかし、これらは「シーソー」のように密接につながっています。キーワードは**「現金化(Cash is King)」**です。

① すべては「バランスシート(B/S)」でつながっている

  • 左側(会社が持っているもの): 現金、在庫、売掛金、機械・土地
  • 右側(お金の出どころ): 借金、株主資本

ルール:「左側のムダ肉(在庫や遊休資産)を減らすと、手元に『現金』が生まれる」

② 「現金化」が分母を減らすプロセス

例えば、現場が頑張って「在庫を減らす」「遊休資産を売る」「売掛金を早く回収する」を実行したとします。すると、会社の中に**「現金」**がジャブジャブ生まれます。

経営者はこのあぶれた現金をどうするか? **「このお金を使って、調達していた元手を返そう!」**と考えます。

  1. 借金を返す: 銀行への返済(有利子負債が減る)。
  2. 株主に返す: 配当や自社株買い(株主資本が減る)。

結果、ROICの分母(投下資本)が小さくなります。 現場が在庫を減らせば減らすほど、会社は「少ないお金(資本)でビジネスを回せる状態」になる。これこそが「分母を減らす」という行為の正体であり、ROIC向上の特効薬なのです。

5. 究極の問い:「返すぐらいなら、投資すべきではないか?」

ここで、非常に鋭い読者ならこう思うはずです。 「せっかく現金があるなら、それを返してしまう(縮小する)のではなく、新しい工場や製品に投資して、もっと稼ぐべきではないか?」

その通りです。その「攻めの姿勢」こそが企業の成長エンジンです。 では、なぜROIC経営では時に「投資するな、金を返せ」という判断になるのでしょうか?

それは、**「その投資が、本当に『合格点(WACC)』を超えているか?」**という厳しいチェック機能がROICには備わっているからです。

  • 【合格】ROIC > WACC の場合: あなたのビジネスは、調達コスト以上に稼ぐ力があります。どんどん投資すべきです。 借金を返している場合ではありません。
  • 【不合格】ROIC < WACC の場合: あなたのビジネスは、投資すればするほど価値を破壊します。投資してはいけません。今すぐお金を返してください。

投資家から見ればこうです。 「下手にあなたが使ってスズメの涙ほどの利益を出すくらいなら、返してもらって、AmazonやNVIDIAにもっと有望な投資をしますから」

ROICは、「ただ闇雲に拡大するのではなく、『本当に儲かる事業』に資源を集中させ、そうでないなら投資家にお金を返して、経済全体でお金を有効活用しよう」という、極めて合理的なルールなのです。

6. 日本の「社長」の正体:なぜ彼らは経営をしていないのか?

ここまで読んで、「日々、資産の流れを見ていればわかりそうなものだが、なぜ多くの経営者はそれができないのか?」という疑問が湧いてくるでしょう。

残酷な事実をお伝えします。 多くの日本企業のトップは、厳密な意味での**「経営(マネジメント)」をしていません。** 彼らがしているのは、**「運営(オペレーション)」**です。

原因①:「PL脳」と「部長の延長」

多くの社長は、元々「優秀な営業マン」や「優秀な技術者」でした。彼らが現場で徹底的に叩き込まれてきたのは、「売上と利益(PL)」の世界だけです。 「今月、いくら売ったか?」「経費をいくら削減したか?」

これは通知表で言えば「体育の成績」です。一方で、資産効率を見るB/Sは「健康診断の結果」です。彼らは体育の成績には敏感ですが、メタボ(資産過多)という体質の変化には無頓着です。これを**「PL脳」**と呼びます。

そして、彼らは社長になっても「現場の改善」が得意なままです。本来、経営者とは「どの山に登るか(戦略・投資)」を決める仕事ですが、彼らは「どうやって登るか(オペレーション)」を管理する**「スーパー部長」**として振る舞ってしまいます。

原因②:構造的な「3つの罠」

なぜそうなってしまうのか。そこには日本の組織構造の問題があります。

  1. 昇進の罠: 「名選手(現場で優秀だった人)」が自動的に「監督(社長)」になるシステム。ストライカーとしての能力と、クラブオーナーとしての能力は別物なのに、その教育が行われない。
  2. 教育の欠落: 欧米のCEOが学ぶ「ファイナンス」や「リベラルアーツ」を学ぶ機会がなく、OJTのみで育つため、視座が現場から離れられない。
  3. サラリーマン社長のリスク回避: 任期が短く、退職金がゴールであるため、「リスクを取って構造改革をする」よりも、「前年踏襲で無難に過ごす」ことが合理的になってしまう。

7. 「忙しい社長」のパラドックス

「部長の延長なら、担当部長に任せておけば社長は暇なはずではないか?」 論理的にはその通りです。本来、優秀な経営者は、平時は「暇」であるべきです。その時間で10年後の未来を考えるのが仕事だからです。

しかし、現実には「戦略なき社長」ほど猛烈に忙しい。なぜか? 彼らは**「社内遊戯」**で時間を埋めているからです。

  • 終わらない調整: 戦略がないため、部門間の対立(営業vs製造など)を収めるための「妥協案作り」に奔走する。
  • マイクロマネジメント: 部長の仕事に口を出し、赤字を入れ、現場の会議に出席して「仕事をした気(快感)」を得る。
  • 儀式とお付き合い: 業界団体の会合やゴルフ、形だけの会議でスケジュールを埋め、「俺は誰よりも働いている」というアリバイを作る。

彼らは「船長」として海図を見て進路を決めるべきなのに、甲板に出て「掃除が甘い!」と船員を叱り、自らモップ掛けを手伝っているのです。船員(社員)たちは思っています。「掃除は俺たちがやるから、あんたは前を見てくれ! 氷山にぶつかるぞ!」と。

8. まとめ:40代からの「経営視点」

長くなりましたが、最後に要点を振り返りましょう。

  1. ROICは「経営の密度」:見せかけの利益ではなく、投下された資本に対してどれだけ誠実に稼いだかを測る指標。
  2. 甘えの排除:資本はタダではない。コスト(WACC)以上の利益を出せない事業は、社会的な資源の無駄遣いである。
  3. 真の経営への転換:「現場の管理」や「社内調整」といったオペレーションから、「資源配分の最適化」というマネジメントへの進化が必要である。

あなたが投資している企業、あるいは勤めている会社の経営者を見てみてください。 彼らは「未来への投資(アロケーション)」を語っていますか? それとも「足元の数字の詰め(オペレーション)」や「社内調整」に終始していますか?

もし、経営者が「忙しい」ことを美徳とし、資産の効率性や資本コストについて語らないのであれば、その会社は**「経営をしていない」**のかもしれません。

「返すぐらいなら、投資せよ」

この言葉が真に意味するのは、「無駄な遊び金を持っているくらいなら株主に返せ。しかし、それ以上に稼ぐ自信があるなら、果敢に投資して未来を切り拓け」という、経営者への強烈な激励です。

次に決算書やニュースを見る時は、単なる「利益」ではなく、その裏にある「資本の意思」を感じ取ってみてください。そこには、本物の経営者が描く未来の地図か、あるいは思考停止した管理者の言い訳か、そのどちらかがはっきりと映し出されているはずです。


※免責事項 本記事の内容は、筆者個人の見解や調査に基づくものであり、その正確性や完全性を保証するものではありません。特定の情報源や見解を代表するものではなく、また、投資、医療、法律に関する助言を意図したものでもありません。本記事の情報を利用した結果生じたいかなる損害についても、筆者は一切の責任を負いかねます。最終的な判断や行動は、ご自身の責任において行ってください。

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